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ISHIKAWA TV NEWS
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「姉の分まで、精一杯生きる」奥能登豪雨で姉を亡くした男性がラジオで伝え続けること
2026年9月21日。石川県輪島市町野町の中山真さん。あの日から2年を迎えました。
奥能登豪雨で、中山さんの4歳上の姉・美紀さんが行方不明となりました。
中山さん:
「時はちゃんと経っているのに、何か自分の体の中の時計が進んでないというか…」
懸命の捜索が行われましたが、豪雨から約1か月後、美紀さんは遺体で発見されました。
中山さん:
「見つからなかった1カ月間はお参りしてたんですけど、葬式が終わったら止めちゃったんですよね。頑張って俺が生きていくしかないなって思って」
姉の分まで、精一杯生きる。中山さんは、憧れていた「自分の声を生かせる職業」として、地元に開局した臨時災害放送局「まちのラジオ」のスタッフに志願。
中山さん:
「カバンがね…ごめんなさいね。これは僕の姉が、亡くなる直前まで持ってた、姉の遺品なんです」
稲垣真一アナウンサー:
「それにはどんな思いがあるんですか?」
中山さん:
「いつも一緒にいる気がするんですよね。体はなくなりましたけど魂がここに残ってるような気がして…『ああ、隣にいるな』って思います」
パーソナリティーとして、気象情報から町の話題まで様々な情報を届けています。
稲垣アナ:
「今回このラジオにそうやって携わりたいっていう部分は、若干お姉さんのこともやっぱりあるんじゃない?いつかお姉さんのことを伝えたいということがあったんじゃない?」
中山さん:
「ありますよ。話していいんかなっていう、そういった戸惑いだってありますよ。でもやっぱりそこは、自分の心を鬼にして言うべきかなって思って」
稲垣アナ:
「それは災害で亡くなる人達を増やさないために?」
中山さん:
「そうですね。自分の命は自分でしか守れないだろうなって…そう思いますね、本当に」
そして、今年元日の犠牲者追悼式では、遺族を代表して挨拶に立ちました。
中山さん:
「今後もラジオを通して、私と同じく大切な人を亡くした悲しみを抱える方に『あなたと一緒に乗り越えます』と寄り添いたい」
稲垣アナ:
「一つ節目が終わりましたが、またこれから一年が始まると思うんですけど」
中山さん:
「地震とか豪雨の情報とかを風化させないために、自分が動くしかないのかなと思ってます」
稲垣アナ:
「それを伝え続けるということですね」
中山さん:
「そうです、それを伝え続けたいです」
あの日から2年を控えたこの日、中山さんが向かったのは、姉の美紀さんが眠る墓。
中山さん:
「数珠置いてきた…まあいいか」
稲垣アナ:
「『命を守る』っていうことに関して、僕らは普段何気なく過ごしてしまってるから、毎日毎日を」
中山さん:
「でも、僕もそうですよ。振り返ることはするんですけど、それを常に意識するってことはなかなかできてないです、僕も…。ちょっと気を引き締めなきゃなっていう気持ちはもちろんあります。でもなかなかその気持ちまで持っていくのは、僕でもできない時もあります」
稲垣アナ:
「真君でそうだとしたら、僕も色々とそういうのをずっと取材してたりする立場だとしても、家族を亡くされた方でもそれ(命を守ること)をずっと思い続けられることが難しいということであるならば、一番真くんが立場が重いとすると、次は僕だとして、その次がテレビ見てる人だとすると、より関心は薄いと思うんだよね」
中山さん:
「そうですね」
稲垣アナ:
「その中で」
中山さん:
「やっぱり一番大事なのは、天気が悪くなり雨が降った時、『もしかしたら』っていうその感覚を思い出してほしいと言いますか。やっぱり自然災害はどこにでも起きるんだ、だから自分の命は自分で守りましょうと…やっぱりそれに尽きる気がするんですけれども…命を、守る」
2年たった今、改めて胸に刻む言葉です。