この取材で人生観が変わりました。
未だに忘れらない思い出を一つ紹介します。
去年4月、門前町の鹿磯海岸を歩いていたら、
おじいさんが一人、海の底をみつめていました。
「何を見ているんですか?」
「今の時期はワカメが獲れるんだよ」
のぞくと、能登の透き通る海にワカメがいっぱい見える。
「獲らないんですか?」
「みんな大変な時に商売なんか出来ないよ」
「おじいさんの家は大丈夫でした?」
「壁が崩れてグチャグチャだけど、もっとひどい家もあるからね」
聞けば、昨日まで奥さんと二人で
避難所に寝泊りしていたけど、奥さんが病気がちなため、
周りに迷惑がかかるので自宅に戻ることにしたそうです。
「危険」を示す赤紙が張られている自宅へ。
なんて声を掛けたらよいかわからず
口ごもりながら
「地震ってひどいですね・・・」
あぁ、私は何を言っているのだ!
当たり前じゃない!!
そんなバカな私なのに
おじいさんはニコっと笑って一言、
「長く生き過ぎたんじゃよ」。。。
そして言葉を失っている私に
「折角お会いしたのだから、ひどい家ですけどいつでも遊びに来て下さい」
という言葉を残し、自転車に乗っておじいさんはいなくなりました。
仏壇に供えるのであろう畑で摘んだ花を荷台に載せて・・・
お年寄りにこんな思いをさせる日本って何だろう?
本当に豊かなんだろうか?
それより「能登の現状を伝えなきゃ!」と薄っぺらい正義感で
取材をしている自分って何だ?恥ずかしい、情けない・・・
帰り道、車を運転しながらずっと泣いていました。
家に戻って「ママー!!」と飛びついてくる娘を抱きしめるまで
涙が止まらなかったほどです。
別の日、マスコミの連日の取材攻撃に疲れた被災者の方に
「人の不幸を食い物にして!」と罵倒された時よりも
悲しくつらい思い出です。
あれから一年、お休みが取れたらおじいさんに
会いに行こう。
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